2013年09月12日

古代の庶民の暮らし

古代の人々の様子は、国民のごく一握りである貴族については、その権力争いやロマンスの様子に触れる機会は歴史書や古典を通し多い。しかし、その他大勢である一般大衆の様子は触れる機会が少ない。まるで日本中が、貴族の権力闘争やきらびやかな貴族社会を営んでいたかの如く錯覚しそうになる。
その中で、奈良時代の庶民の生活を表していると思われる歌を見つけた、「貧窮問答歌(びんぐうもんどうか)」山上憶良の作で万葉集に掲載されている、ご存知の方も多いと思う。役人が貧者に尋ねているという設定らしい。

役人:
「少々尋ねたいことがあるのだが、答えてもらえるだろうか。
こうして、風まじり雨が降る夜、雨まじり雪の降る夜、どうしようもなく寒いので、硬い塩の固まりをチビリチビリとかじりながら、酒粕を湯にとかし、これを酒のつもりで啜りながら、鼻をグスグスならしては、咳をして、ボサボサの顎髭をかきなでて、俺様ほどの人間は、世の中にいやあしないと、独りで威張ってはみるけれど、余り寒いので麻布をひっかぶり、ちゃんちゃんこのありったけを着てみるけれど、それでもまだ寒くてたまらない。
こんな冬の夜、この私よりも貧しいお前さまのところでは、お父っあんや、おっかさんは、ひもじがり、さぞ寒がっていることだろうねえ。おかみさんや子供らは食べるものを欲しがって泣いているだろうねえ。こんな時、お前さまは、一体どうやって暮らしているのかね。」

貧者:
「お答えしましょう。天も地も広いと言っても、私にとっては、身の置き処がないほど狭くなってしまった。
お天道さまも、お月さまも、明るいとは言っても、私の為には照ってくださらないのだろうか。
世の中の人が、みんなこうなんでしょうかねえ。それとも、私だけが、こんなにひどい有様なんでしょうか。
たまたま、人と生まれてきて、人並みに私だって働いている。しかし、綿も入っていない着物は、ボロボロになってこんぶみたいぶら下り、やぶけたボロをわずかに肩にひっかけて、今にもつぶれそうなひしゃげた掘立小屋の中で、地面に藁をとき敷いて、お父っつあんおっかさんは、私の頭の方に、妻や子供らは、足の方にちぢこまり、肩寄せあってためいきばかりついている。
かまどには絶えて火の気もなく、なべかまには、蜘蛛の巣がかかり、今はめしの炊き方さえ忘れ、声さえかすれているこんな有様なのだ。それなのに世間で言う「ものすごく短いものの端っこをもっと切る」という諺のように笞を持った村長が、こんな貧しいうちからも租税の米をむしり取ろうとやってきて、大声で入り口でどなりたてるのだ。
こんなにどうしようもないものなのか、人生というのはー。」

世の中が辛く、恥ずかしくて耐え難いと思うけれども
鳥じゃなあないこの身は、空へ飛んで逃げることもできない。
posted by ビールとワン at 07:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記