2016年12月11日

ほめる・叱る、信賞必罰はあまりよくないらしい

子供を育てる時に、「悪いことをしたら叱る」、「よいことをしたらほめる」とか、会社で配下を育成するときに信賞必罰で臨むのはどうもあまりよい方法ではないらしい。

理由は子供自身や配下自身が行動するときの価値基準を「ほめられるからする」「叱られるからしない」となってしまい、本当にするべきか否かを考えなくなってしまうケースがあるからである。考える癖がつかないのである。

自分自身で考える癖がないと、日常的な目先のことは対応するが、建設的なことや改善的なことは他人から指示が出るまで何もしない大人が出来上がる。そのような大人を散見することは案外多い。

よくあるのが親が子供に向かって「勉強しなさい」と言い、勉強していないと「叱る」ケース。
たいがいの人間は例え子供でも「上から目線」で物を言われると、背きたくなるものである。ほめるとか叱るというのは相手に対して明確に上から目線の態度である。

相手に対して自分の言わんとしている事を理解願うためには、相手と同じ目線で自分の意見を述べ、相手の意見や気持ちを十分に聴き、相手自身の心で今後の自分の方向を考えてもらうことである。これを小さい頃からやっていないと、考える癖がない大人になってしまう。

上記の「勉強しなさい」の例では、親自身が学問の楽しさや必要性を実感していないと所詮無理な話である。もし不幸にして親自身がそれを出来ない場合は、それを良く分かっている人に子供との話し合いを依頼する方法や適切な書籍を勧める方法もあるかもしれない。

犬にエサを片手に「お座り!」を教えるのとは訳が違うのである。

posted by ビールとワン at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記